歯の破折
当院に来院される目的の一つに、「他の歯医者で歯が割れていると診断された。なんとかなりませんか?」とセカンドオピニオンを希望される患者様がいらっしゃいます。そこで、少しでも参考になればと思い、歯に入る破折(ヒビ)についてご紹介します。
破折の種類
歯の破折(ヒビ)と一口に言っても、いろいろな種類があります。American Association of EndodontistsのENDODONTICS: Colleagues for Excellence Summer 2008によると以下のような種類があります。
(実際の臨床では破折は多岐にわたるため、この分類に当てはまらないのも多々あります)
graz line
歯の表面(エナメル質)に限局する破折です。高齢者の歯によく見られ、症状がない場合が多いです。着色すると茶褐色の線として目立つことがあります。
治療する必要が少ない破折です。
(写真:わかりやすいように白黒化)
FRACTURED CUSP(咬頭破折)
歯の凸の部分(咬頭)が欠けてしまう破折です。歯の頭(歯冠)に限局する破折であれば治療は難しくありませんが、歯根まで破折線が達すると、救済するのが難しくなってきます。
cRACKED TOOTH
歯の頭(歯冠)に前後に破折線が走る破折です。破折線が深いと歯の中の神経まで達し、痛みや、細菌感染を起こすこともあります。歯根まで破折線が達すると、救済するのが難しくなってきます
split tooth
CRACKED TOOHの破折が歯根の深いところまで達する破折です。
基本的に抜歯になることが多く、救済は非常に困難です。
(写真:抜去歯・透過光・X線写真)
VERTICAL ROOT FRACTURE(垂直歯根破折)
歯根に垂直に破折線が入る破折です。歯の神経を取る治療(根管治療)を行なった歯に起こることが多いです。肉眼での診断が困難なことが多く、マイクロスコープなどを使い、破折線を確認することが必要です。
基本的に抜歯になることが多く、救済は非常に困難です。
(写真:歯肉をめくり、破折線を確認したところ)
この中でも垂直歯根破折(VERTICAL ROOT FRACTURE)は歯科臨床家の中で大変に頭を悩ませる問題です
所属する歯科勉強会の仲間と集めた2010年の情報によると、垂直歯根破折を起こした203根のうち202根が根管治療済みでありました。また、歯種では上顎は第二小臼歯、下顎は第一大臼歯の近心根が多く、年齢では50歳代以上の中高年に多発し、その中でも60歳代が最も多く認められました。
垂直歯根破折の最大の予防は「虫歯にしない」「神経をとらない」ではありますが、残念ながら状況によっては神経を取る必要な状況もあるため、根管治療をする際は、破折のリスクを少しでも下げるような治療が必要になってきます。
当院でも、長期的に安定していた患者様の突然の垂直歯根破折には、歯科医療の限界を見せつけられるとともに、なんとかして、もう少し口の中で機能させていただきたいと日々苦悩しています。
患者様からは「少しでも」「ちょっとでも」と日本の「もったいない精神」を大切にされ、すぐに抜歯せず、保存処置を希望される方が多いように感じます。
垂直歯根破折の状態
垂直歯根破折で、残念ならが抜歯になってしまった歯を観察してみました。
症例-1
X線写真
口腔内写真(頬側)
口腔内写真(口蓋側)
抜去歯
水平断面
透過光観察
左上奥歯の腫れを訴え来院されました。
口の中を確認すると奥から3番目の歯肉が腫れていました。また、歯茎が緩み、診査器具(プローブ)が根の先端まで入りました。歯根破折を起こすと、その破折線に沿って炎症が起こり、歯肉が腫れたり、痛みが出てきます。垂直歯根破折と診断し、患者様と相談後、抜歯となりました。
抜去歯を観察すると、根の表面に垂直に走る、破折線が認められます。歯根を水平に切断し観察すると、歯が真っ二つに割れているのがよくわかります。根管充填材も黒く変色しており、汚染していました。
症例-2
X線写真
抜去歯
水平断面
透過光観察
右下奥歯の腫れを訴え来院されました。
診査をすると、垂直歯根破折が起きており、相談後、抜歯となりました。抜去歯を観察すると、根の表面に垂直に走る、破折線が認められます。
水平に切断し観察すると、中の根管充填材料まで破折線が入ってます。破折線周囲は黒く変色しており、汚染られていました。透過光で確認すると通常では目視しにくい、細かい破折線の走行も観察できました。
この2つの参考症例は、虫歯も、歯周病もなく、とても良い状態が何十年も続いてましたが、なんの前触れもなく、突然に垂直歯根破折を起こし抜歯を選択した症例になります。いずれも数十年前に神経を取る処置をしております。
歯根破折の治療法
歯根破折の治療法は、確立されたものはありませんが、歯科臨床家からの症例報告は昔からよく行われてきました。当院でも、患者様のご希望があれば、保存処置を行い、少しでも長く口の中で機能するべく対応を行なっております。
通常の骨折は、整復固定(元の位置に戻して、固定すること)すれば、骨が癒着して再生しますが、歯の破折は、そのような治癒の再生機構は起こりません。何らかの治療介入をしないと、破折の進展と共に、感染状態が進んでしまいます。
破折歯の状態(炎症の程度・周囲の骨の状態・口の中の清掃状態)や、抜歯した後の治療法がより良いと判断した場合は、保存処置を勧めない場合もありますが、最終判断は患者様の意思を尊重し、治療にあたっております。また、良い状態で治療できても、概ね10年ぐらいの延命と感じています。
症例-1
上の前歯がグラグラすると訴え受診されました。口の中を診査すると、差し歯が歯根破折を起こし、手でポロッと取れてしまいました。
かなり深い位置で歯根が割れてましたが、保存処置を希望され、治療がスタートしました。
まずは、①破折が他にも入っていないか確認する ②セラミックスの土台として再利用する などの目的の為、細心の注意を払いながら意図的に抜歯し、歯根の状態を確認後、口の中に適切な位置で復位させ(意図的再植術・Intentional replantation surgery)、周りの歯と固定後、見た目に困らないように仮歯を作成しました。
X線写真では元の歯根の位置から離れているのがわかります。
数ヶ月後、周囲組織が回復しました。茶色い部分が歯根、白い部分がレジンコアになります。
セラミックス(PFZ)を装着し経過良好です。
症例-2
上の前歯が腫れて違和感があると訴え受診されました。口の中を診査すると、差し歯が歯根破折を起こし、手でポロッと取れてしまいました。
かなり深い位置で歯根が割れてましたが、保存処置を希望され、治療がスタートしました。
まずは、マイクロスコープにて、他の破折線が入っていないか確認しました。その後、歯肉の上に健全な歯根を出すために、隣の歯に矯正用のワイヤーを固定し、破折歯を牽引しました。(矯正的挺出・orthodontic extrusion)
治療中は見た目に困らないように仮歯を装着しています
約1か月後、予定の位置まで歯を牽引することができたので、矯正装置を外し、局所麻酔下にて歯肉をめくり、周囲組織の調整、破折線の再確認後、縫合し仮歯を装着しました。X線写真を見ると、術前と比べ、歯根の位置が変化しています。
約1か月後、周囲歯肉がきれいに治癒したのを確認後、型取りを行い、セラミックス(フルジルコニア)を装着しました。
症例-3
左上奥歯の痛みを訴え、来院されました。一見問題なさそうに見えまずが、金属の被せ物(インレー)を外すと歯根破折(split tooth)を起こしていました。
歯根周囲の組織をできるだけ傷つけないように、意図的再植術(Intentional replantation surgery)と口腔外接着法で破折歯を接着させ、口の中に復位固定しました。
5か月後
1年8か月後
3年後
7年後
周囲の組織は安定し、経過良好です。
症例-4
右下奥歯の違和感を主訴に来院されました。X線写真では問題なさそうに見えますが、マイクロスコープで確認すると、破折線を認め、垂直歯根破折と診断しました。
3年後
4年後
5年後
7年後
厳しい状況でしたが、患者様との相談後、保存処置による歯の救済を行いました。
徹底的な根管清掃と口腔内接着法で根管充填を行いました。
3年後のX線写真を見ると、周囲骨の吸収は進んでいますが、4年目あたりから、徐々に骨の再生が認められます。
(黒く抜けていたところが、白い網目状に改善)
10年後
現在、10年以上が経過し、口の中でしっかりと機能しています。
以上、代表的な破折歯の保存治療をおこなった、4症例をご紹介しました。
最後に
歯根破折の治療は、患者様と歯科医院が同じ気持ちで治療を進める必要があります。治療来院回数、口の中の清掃状態、治療後のメンテナンスなど、通常の歯の治療以上に、患者様に負担いただくことが多くなります。それでも、「残したい」「歯を少しでも長く使いたい」など希望される患者様が多くいられることを実感します。
全ての破折歯を救済することは不可能ですし、早期に抜歯して、他の治療法を選択する方が、患者様にとってはメリットが多いのでは?とご提案することはありますが、患者様の「意思」「気持ち」を尊重し、それに寄り添える歯科医院でありたいと考えております。